NOK×日刊工業新聞Journagram
技術コラム
technical column

NO.42023/6/19

オイルシールが成り立つ根幹 ~潤滑と密封の2つのメカニズムとは~

NOKが得意とするオイルシールは、油や液体、ガスを密封する機能を持ち、かつ潤滑作用で回転軸やピストンなどの部材の運動を妨げない(低摩擦を実現)特徴を持つ。さらに、自動車のエンジンやモーターで使うオイルシールは交換なしで10年、10万キロメートル走行に耐えている。ではなぜ、回転、往復する部材とシールの間から油などを漏らさない、という密封性を維持しつつ低摩擦を長く保つことができるのだろうか。それは、あまりに都合が良すぎると思えてしまうが、低摩擦を実現する「潤滑」とシール部材を漏らさない「密封」の二つのメカニズムが両立しているためだ。どんなメカニズムなのか解説する。

潤滑メカニズムとは

まず、オイルシールの構造を説明した方が良いだろう。エンジンやモーターに使われる代表的なオイルシールは、回転や往復運動による力がかかっても固定状態を保つための金属環と、シールを軸などと密着させるために押しつけるバネ、シール機能のためのゴム材料でできている。回転、往復運動する部材に接する部分はリップと呼ばれ、油などを漏らさないための主リップと、ほこりを外部から入れないためのダストリップがある。リップは回転、往復する部分(摺〈しゅう〉動部)との接触を最低限にするため、細くとがった形状になっている。

回転用オイルシールの場合、軸が回転し始めると、リップと回転軸の間に油などの液体の膜が形成される。NОK R&D技術研究部シール研究課の佐藤博幸課長によると、この現象は流体潤滑作用と呼ばれ「液体は流れがあると、すき間を押し広げる力を発生させる」という理論に基づいているという。ちなみに、回転が止まると押し広げる力が働かなくなるので、リップが締め付ける力によって液体の膜は徐々に消失する。
リップと回転軸の間に形成した液体の膜は数マイクロメートル(マイクロは100万分の1)レベルの厚さになって摩耗を防ぐ。NОKは、このシール摺動面とその周辺での油の流れを世界で初めて可視化することに成功した。これが潤滑メカニズムの重要な要素となる。

密封メカニズムとは

外部に液体を漏らさない秘訣(ひけつ)として、リップの外側と内側にかかる圧力が違う(非対称)ことにある。断面図を見ると分かりやすい。リップの角度が異なっており、締め付けるバネがシール対象物に寄っている。同技術研究部シール研究課の青柳彩子副課長によると、この圧力差により「外側から内側に液体が引き込まれる『ポンプ作用』が働く」という。
これに加え、リップ先端部にある、顕微鏡でしか見ることができない無数の微小な突起でポンプ作用を制御し、摺動部の液体を循環させることで膜厚を適切に保っている。この循環する液体の量が多すぎると、それらの液体が流れるときの抵抗で摩擦が大きくなる。逆に少なすぎてもゴムと軸が接触し、摩擦が大きくなってしまう」(佐藤課長)ためだ。膜厚のコントロールが摩擦低減につながる。
微小な突起は、外部(大気)側が浅く、内部(液体)側が急な角度になっている。この突起がポンプ作用を高め、液体が外部に漏れ出さない効果を強めている。実験として回転中に外部側から軸へスポイトで油を垂らすと、油が内部側に吸い込まれていく様子を見ることができる。

船底状の突起でポンプ作用を高める

リップ形状にも工夫がある。軸の回転方向に合わせ、ネジ状の突起を設けた設計は古くからあるが、船底のような形状の突起を入れた。これにより、リップが摩耗しても、ポンプ作用をある程度保つことができる。1990年代にNOKが編み出した工夫である。
近年は、ゴム材料とコーティングの組み合わせで摩耗を抑えるというアプローチも進めている。2006年に開発したコーティング「TFコート」は、従来品より摩擦トルクを30%も抑えることに成功した。今後も表面機能設計技術の進化がオイルシールの性能向上に不可欠なことは間違いない。

(写真左)

佐藤 博幸

NOK株式会社 NОK R&D技術研究部 シール研究課長

NOKに入社後、一般産業機械向け回転オイルシールや自動車向け往復動オイルシールの製品設計を担当。2005年より湘南開発センターにて各種シール製品の技術開発、グループ会社のシンジーテックにて事務機用ゴムロールの製品開発に従事。2016年にシール製品の技術開発に戻り、2021年より低摩擦をはじめとしたシール技術の研究業務に携わる。

(写真右)

青柳 彩子

NOK株式会社 NОK R&D技術研究部 シール研究課長

大学院で高分子科学を専攻。NОKに入社後はOリングなどのシール用ゴム材料開発、化学分析を担当。間に2回の出産・育児休業を挟み、2019年からオイルシールの研究を担当。同年10月に九州大学社会人博士課程に入学。ゴムの潤滑メカニズムに関する研究を行い2023年に博士号を取得。現在は水素中や貧潤滑下など新環境に対応するシールの研究業務に携わる。

湘南R&Dセンターとは(神奈川県藤沢市)

NOKグループの技術の中核として2005年に開設した。加速化するモビリティ変革やグローバルな環境変化にスピード感を持って対応するため、戦略立案、研究、製品開発、材料開発、量産化の工程開発を一体化し、部署を超えた横断的な体制を必要に応じて柔軟に組んでいる。自社の持つ技術を始点に社会の課題解決や製品開発を訴求するソリューション提案型のビジネスにつなげることを目指す。

※記事内のデータ、所属・役職等は2023年6月現在です。