NOK×日刊工業新聞Journagram
技術コラム technical column

NOKの主力製品であるオイルシールは、密封対象や、装着する相手軸の大きさ、動きなどで形状や素材、構造が大きく異なる。NOKが扱うオイルシールは約6万種で多くが一品一様だ。オイルシールは自動車に数多く採用されている。だが、エンジンに使うものと、駆動系に装着するものでは求められる特性は全く違うため、同じオイルシールという名称でも中身は別の製品だ。例えば、ホイール付近にあるハブベアリング用オイルシールは独自の進化を歩んでいる。

タフな環境下で機能維持

オイルシール開発は大まかに、表面機能設計、材料設計、形状設計などの技術的なアプローチがある。このうち、形状設計技術はオイルシールの構造や、摺（しゅう）動面の形状などを検討する。形状設計技術により低トルク化を主目的に劇的に進化しているのがハブベアリング用オイルシールだ。

ハブベアリングは、自動車の車体と車輪をつなぐ役割を持ち、ホイール近傍に位置する。ホイールを円滑に回転させつつ、車体にホイールを固定することで、自動車のスムーズな走行につなげている。ハブベアリング自体はホイールと一緒に回転するため、グリースによって潤滑性を保持している。このグリースがハブから漏れないことと同時に、泥や水、ほこりなどがハブに入らないようにすることがハブベアリング用オイルシールに求められる。

エンジンに使うオイルシールは1分間に1,000～8,000回転する回転軸に装着する。一方、ハブベアリングは1分間に最大2,000回転相当。そのかわり、ハブユニットの中でシールのスペースが限られ、車体内部に位置するエンジンよりタフな環境にさらされる。

形状設計技術を担当する福島事業場オイルシール事業部設計部AI設計三課の廣田一貴係長によると、ハブベアリング用オイルシールが本格的に採用され始めた1990年代から、より低トルクで低コスト生産できるよう、形状を大きく変化させている。

形状の変遷を見ると、まず1990年以前に、ホイールの回転軸と接する部分に耐ダスト用のリップ（くさび形状の突起）を作り、未舗装道の走行など過酷化する足回りの環境に対応した。続けて2000年までに、耐ダスト用リップを2枚設け、その後軸とほぼ平行方向にリップを作るサイドリップ仕様を量産として立ち上げた。これによりシール性を維持しつつ低トルクにすることができ、続けて2010年代には複数のリップをサイドリップ化、構造解析や各種実験評価を介してリップの薄肉設計を実現。機能を維持しつつ低コスト生産も達成した。

低トルクへグリースや表面形状も活用

ただ、こうした構造の変更だけでは、更なる低トルクが難しくなってきた。そこで、リップの一面にざらざらした表面形状の梨地を入れることで、粗さ20マイクロメートル（マイクロは100万分の1）以下のランダム且つ微細な凹凸を施した。加えて、リップの摺動面に独自開発の低粘度グリースを採用し、潤沢なグリース油膜を作ることで、従来対比30％以上のトルク低減を遂げた。この梨地と低トルクグリースの組み合わせを「Le-μ's（レミューズ）」シリーズとして完成車メーカーや一次サプライヤー（ティア1）などに提案、既に多くのメーカーに採用されている。

廣田係長は「机上の解析でリップの形状などを決めても、寿命は理論通りいかない」と形状設計の難しさを説く。レミューズも採用する車両ごとに形状が異なるため、今後も磨き上げが必要だという。

電動化で機能向上の役割強まる

今後、ハブベアリング用オイルシールはどう進化するのか。廣田係長は電動化への対応は必須だと話す。ハブベアリングは電気自動車（EV）でも残る。そして電費性能向上への貢献度は高まるという。ICE車（エンジン車）での内燃機関自体のエネルギー損失がEVではなくなり、車両全体で見たハブベアリングの摩擦損失の分担比は大きくなる。つまり、これまで以上に低トルク化が必要になる。

だが、これ以上の進化は可能なのだろうか。廣田係長は「開発段階ではあるが、トルクがさらに数10％下がる製品にめどがついている」と打ち明ける。実際に一次サプライヤー（ティア1）からの低トルク要求値に対してもマッチしてきており、少しずつプロモーションを進めている。だが、EV化の中でも盤石な地位を築くため「まずは半減、究極はゼロを目指している」（廣田係長）と高い目標に挑んでいる。

廣田 一貴

NOK株式会社 オイルシール事業部 設計部 AI設計三課

部品メーカーを経てNOKに入社。AI設計三課に配属後、主にインタミシャフトや継ぎ手部品に使われる自動車用泥水シールの実験業務を担当。2018年より、ハブシールの製品設計および実験業務に従事。2021年よりAI設計三課係長としてハブシールの開発やLe-μ’s(梨地×低トルクグリース)の拡販に携わる。

※記事内のデータ、所属・役職等は2023年2月現在です。