NOK×日刊工業新聞Journagram
テクニカルコラム
technical column
テクニカルコラム technical column
NO.12023/3/1
相反する機能を満たす ~オイルシールと表面機能設計技術~
独立系自動車部品大手のNOKは、日系完成車メーカーすべてと取引があり高い技術力が評価されている。特に強みを持つのが祖業のオイルシール。エンジンや減速機、油圧機器などに使われるオイルシールは、油や水、気体を外部に漏らすことなく、と同時にそれらの流体を密封面に循環させて潤滑作用を発現して、機械の省エネに貢献する低摩擦を実現する、というトレードオフの機能が求められる。一見するとただのゴム製リングながら、回転軸と接する表面の機能や材料の選定、構造の改善などを進め日々進化を続けている。
多角的な技術アプローチで機能を高める
NOKが世界中に供給するオイルシールは約6万種類と多様だ。自動車のエンジンやパワートレーン(駆動装置)のほか、建設機械、農業機械のエンジンや油圧装置、複合機などの事務機器(OA)、電気シェーバーなどの家電製品など幅広い製品に使われる。大きさも直径1.5ミリメートルから、同6.3メートルまでとさまざま。ただ、密封性と摩擦トルク低減との両立、という必要な機能は変わらない。
NOKは、より顧客のニーズを満たす良い製品作りのため、三つの技術的なアプローチでオイルシールの開発を続けている。表面機能設計、材料設計、形状設計がそれで、湘南R&Dセンター(神奈川県藤沢市)を中心に、マザー工場である福島事業場(福島県福島市)などオイルシールに関わる拠点が連携して各種設計技術の開発に日々取り組む。
表面の工夫で摩擦トルクを低減
三つのアプローチのうち表面機能設計技術は、回転軸とオイルシールが触れる部分(摺〈しゅう〉動面)の表面形状を新たなものにすることで摩擦エネルギー発生を抑える(低トルク化)、というものだ。従来は加工法や材料の変化による表面の微小な形状の改善が中心だったが、近年は表面にコーティングを施す、というやり方もエンジン用オイルシールで出てきた。
表面機能設計技術に携わる福島事業場オイルシール事業部設計部AI設計一課の長浜谷英明課長によると、2006年に開発したコーティング「TFコート」は、従来品より摩擦トルクを30%も抑えることに成功した。かつ自動車が10万キロメートル走行しても効果を発揮する。日本産業規格(JIS)が定める評価でも剥離しにくさが実証されており、NOKが注力する新製品「Le-μ's(レミューズ)」にも採用された。
自動車エンジンの回転軸に使うオイルシールは、1分間に最大8000回転する軸に触れつつも、ほとんど摩耗しないため一度も交換がない。約30万キロメートルの走行でも機能維持する高耐久性部品でもある。
なぜ油を密封しつつ、摩耗を最小限にできるのか。それは、オイルシールの形状の特徴から、回転軸が回転し出すと、回転軸とオイルシールの間にある数マイクロメートル(マイクロは100万分の1)のすき間に油が入り、オイルシールの摩耗を防ぐからだ。しかも、油はすき間からオイルシールの外に漏れ出ることがない。この現象は古くから知られていたものの、詳細が分からなかった。NOKは独自の分析で「密封理論」と名付けている。
TFコートは、この密封理論を損なわないよう、材料となるフッ素樹脂「PTFE」の粒子を小さくし、コーティング膜を薄く、かつ粒子が均等に表面を覆うようにした。長浜谷課長は「PTFE粒子のつなぎに使う樹脂(バインダー)を選定するため、一つずつ試料を試すことに苦労した」と振り返る。開発は常に試行錯誤であり、地道な努力が製品の機能を高める。
電動化でも変わらぬ技術の重要性
自動車業界は電気自動車(EV)など電動車へのシフトが進み、エンジンからモーターへ駆動の主役が移ることは必至だ。だが「EV駆動モーターの回転軸にもオイルシールは使われる」(長浜谷課長)ため、開発の歩みを止めることはない。モーターの回転軸はエンジンと違い、さらに高周速となる上に、逆回転することがあり、オイルシールもこれまでと違う機能が必要になる。併せて、これまで同様に密封性を維持しつつより摩擦エネルギーを抑えるという進化が必要だ。長浜谷課長はオイルシールの性能評価を主に担当し、現在のテーマである「さらに3割の摩擦エネルギー低減」という目標を目指している。開発は8割方進み、これから既存設備に組み込み量産化する際の問題をつぶし込んでいるところだ。
長浜谷 英明
NOK株式会社 オイルシール事業部 設計部 AI 設計一課
NOK入社後、エンジンシールの実験、ミッション系シールの実験を担当。TFコート品の評価対応に携わる。2013年にはミッション系シールの製品設計を担当し、デフサイドシールの耐泥水性向上仕様の開発に従事。実験係長、製品設計係長を経て、2021年よりAI設計一課の課長として21名のチームを率いる。
※記事内のデータ、所属・役職等は2023年2月現在です。